4月19日午前5時23分、満102歳で金子の母が亡くなりました。人生の半分を代議士の妻として、また母として過ごしました。
昭和35年、金子一平、初当選以来、持ち前の積極性と多趣味を活かし、漬物教室、リボンフラワー教室等々、様々な活動を主催し、そのお仲間の皆様のお陰で強固な金子会婦人部の礎が出来上がりました。
家庭では、明治生まれの気丈で厳しい義母でしたが、晩年は認知症もすすみ、声をかけると必ずニッコリ微笑み返し、多少具合が悪いときでも「大丈夫、大丈夫」が口癖の天使のようなかわいい存在でした。特に病むところも苦しみもなく、最後まで我が家の太陽として天寿を全う致しました。
今年、3月23日は金子一平の23回忌でした。「もうそろそろいいだろう」と、寂しくなった義父が呼び寄せたのでしょう。(写真は祭壇に飾られた金子一平・康子夫妻。勲1等の勲章受章の折のもの)

5月26日、金子が衆議院本会議場にて25年永年勤続表彰を受けました。ました。
昭和61年夏の選挙出馬以来、私は否応なく『代議士の妻』になってしまいました。失敗を繰り返しながらも、指示のあるまま様々な会合に出席し、たくさんの方々にお目にかからせて頂きました。その多くの出会いは、『代議士の妻』にならなければ決して出来なかった私の大事な宝物になりました。
昭和61年初当選組62人は、今、9人になっています。この25年、言葉では言い表せない程、色々な事がありましたが、本当のよく守って下さったと、心より皆様に感謝申し上げます。
大震災の被害が、今日も続いて、政治にもとまられていることは絶大な物があります。期待や不満の声が高まる中ですが、金子には一層お国のため、地域のため、国民一人一人のため、頑張ってほしいと心より願います。
表彰の当日は、この時期ですので当然ながら大変質素なものでしたが、モーニング姿の9人の受章者は揃って誇らしげに本会議場壇上で満場の祝福を受けました。最年長の大野議員が代表して御礼を述べられましたが、途中「この場をお借りして、一言、言わせて頂きたい」と仰り、「邦子、ありがとう!」と叫ばれました。日頃、野次怒号の飛び交う議場も、この時ばかりは、割れんばかりの暖かい心のこもった拍手に満ちていました。
皆様にお目にかかり、直接御礼出来ます日を楽しみにして居ります。
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